ENDOR雑記

束、洋書関連の個人的メモ書き。

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4 結論


特に関連資料はありません。Fimi先生の講義内容も短いものです。
簡単にまとめると、「中つ国」が紀元前よりずっと古い時代のヨーロッパであるという設定は、ローハンがアングロサクソン文化的であったり、シャイアがバーミンガム近郊の農村に似通っていたりすることと矛盾しています。しかし、トールキン自身もこのことには気づいていました。トールキンの主な関心は神話と言語にあり、「歴史的な小説」を書くことはまったく意図していなかったのです。トールキンの読者も考古学的な正確さを求めて読むことはないでしょう。むしろロマンスの中で展開される遠くはなれた過去に魅力を感じるのです。

ところで余談ですが、今週頭の月曜に10週目つまり最終週に入ってしまいました。あさっての日曜日、つまり20日には、オンライン講座のサイトに繋がるためのIDとパスワードがばっきり無効になってしまうそうです。私、まだ10週目の講義内容に全然目を通していないんですが…。エッセイ書くのがきついのだから、もう少し余裕をくれてもいいじゃないかと思いました。
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category: トールキンオンライン講座 第九週

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3 シャイアの古風なマテリアルと文化 関連資料


ホビットの里であるシャイアには、やはりトールキンが幼い頃に過ごした頃、19世紀末のウォーリックシャーの風景や文化が盛り込まれています。
「ホビット」は、トールキンの神話の中核をなす物語ではなく、むしろ思いつきで書かれたものです。ですが、「ホビット」の成功によって「指輪物語」が生まれ、出版され、その背景となるトールキン神話へと読者を繋げたことが重要なのだとトールキンは手紙に書いています。トールキンはホビット庄のスケッチやドローイングをたくさん描きました。このなかに描かれた水車小屋に当時のイングランドの農村風景が強く感じられます。トールキンが幼い頃、母と弟と住んでいたセアホールには有名なセアホール・ミル(水車)がありました。

関連資料
*セアホール・ミル(Sarehole Mill)の紹介
けれどもこのセアホール・ミルは単なるのどかな農村風景の象徴ではなかったようです。このミルは16世紀の中ごろにとうもろこしを挽くために建てられました。しかし18世紀の中ごろに蒸気機関を使用した金属の圧延機に作り変えられたそうです。そして産業文化の発展の象徴となったのですが、その後に台頭してきた工場に較べて生産性が劣るものとなり、20世紀になるまでに、また元のとうもろこし挽きに戻されたそうです。1919年には操業を取りやめ、元通りに修復された建物は、今では博物館の一部となっています。

トールキンにとって、このミルは産業革命の象徴ではなく、むしろノスタルジーを掻き立てるモチーフとして理想化されていたようです。

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2 中つ国のマテリアルと文化を探る 関連資料

トールキンは常に中つ国は北ヨーロッパであるとしていました。ただしそれは遥か昔の古代の、神話と伝説の霧の中に失われたヨーロッパです。三紀は(トールキンの時代から)6千年の昔に相当すると設定していたようです。聖書の解釈では紀元前4千年前に世界が創造されたとしているので、ちょうど三紀の始りとこの世界の始まりが一致します。また、ローハンはアングロサクソン文化、ゴンドールはビザンチンやローマあるいはエジプト文化に相当するようです。そしてヌメノールはその航海術から北欧のヴァイキングを彷彿とさせます。ヌメノールの船葬はヴァイキングの文化の特徴でもあります。だからヌメノールの子孫であるボロミアの遺体は船に乗せられるのですね。

トールキンの同僚であったゴードンは、スカンナビジアの国々のバイキング時代に関する歴史についての本を翻訳していました。おそらくトールキンはゴードンからそうした知識を得ていたことでしょう。

関連資料
*Oseberg Shipの紹介
こんなのです。↓
http://www.khm.uio.no/vikingskipshuset/osebergskipet_english.php
こんなのです。↓
*Gokstad Shipの紹介
http://www.khm.uio.no/vikingskipshuset/gokstadskipet_english.php
上記のヴァイキング時代の船はゴードンが研究していた資料の中にあったものです。また、トールキンはフォルノストをスウェーデンのウプサラの古墳に擬えたりもしています。
あとエジプトですが、トールキンは手紙の中で、アラゴルンが戴冠式に被る王冠をエジプト風のものだと解説しています。そして手紙にイラストまで描いているのです。
下記はエジプトの王冠の写真です。
http://www.egyptologyonline.com/pharaoh's_crowns.htm

ローハンはその言葉からしても古代のイングランド風、つまりアングロサクソン風なのですが、トールキンはアングロサクソンのマテリアルがそのままローハンのマテリアルなっているわけではないと主張しています。しかしその一方で、バイユー・タペストリに描写される鎖鎧がローハンのものに近いとも説明しています

*バイユータペストリの紹介
バイユータペストリはフランスで保存されていたものですが、英国で作られたものだいう見方が現在では強いようです(トールキンも英国のものだと見ています)。

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1 トールキンと当時の考古学  関連資料

1 トールキンと当時の考古学
トールキン自身は考古学については「大雑把な知識(Sketchy Knowledge)」しか持っていないと認めていましたが、考古学との関わりを全く持っていなかったわけではないようです。

関連資料
*Lydney Parkの紹介
Lydney Park(日本語でなんと読むんでしょう?)は、グロスターシャーにあるローマ時代の遺構なのですが、トールキンはその古代遺跡の発掘を助けたそうです。ローマ軍が去った後に残された建築物は、後の地元民からドワーフや子鬼の住む場所として恐れられました。この発掘を手助けしている期間は「ホビット」を書いた期間に相当するため、トールキンはLyndney Parkから多いにインスピレーションを得たことが推測されます。

*ローマ浴場博物館の紹介
また、トールキンはCollingwoodとMyresによるローマ時代のブリテンとイングランド人の住居に関する本の中で、温泉の神であり、ケルトの神(ローマの神ではミネルヴァに当たる)である「スリス(Suils)」の名が言語学的(Philologically)に正しいものであることを確認したとのことです。

*「ブリティッシュ考古学(雑誌らしいです)」に掲載されたDavid Hiontonの「Lord of the Hrungs」の記事
トールキンが物語のインスピレーションを受けたと思われるイギリスの土地がいくつか上げられています。
まずトールキン自身が描いたシャイアの風景は、彼の弟の果樹園があった「イヴシャムの谷(Vale of Evesham)」の「ブリードンの丘(Bredon Hill)」に似ています。
また、トールキンは、ヘルム峡谷はサマーセット(Somerset)のチェダー(Cheddar)峡谷を元にしていると書いています。
そしてバークシャーダウンズ(Berkshire Downs)は1930年代、トールキンが子供達を連れてよく歩いた所で、塚山(Barrow-land)の原風景となった場所と思われます。バークシャーダウンズは考古学的に見ても非常に興味深い場所で、トールキンはそこから様々なインスピレーションを得たことが推測されます。

ではまた明日にでも続きを書きます。

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9週 トールキンと当時の考古学

第9週 です。

トールキンと考古学についてです。

1 トールキンと当時の考古学
関連資料
*Lydney Parkの紹介
*バースのローマ浴場博物館の紹介
*「ブリティッシュ考古学(雑誌らしいです)」に掲載されたDavid Hiontonの「Lord of the Hrungs」の記事


2 中つ国のマテリアルと文化を探る
関連資料
*Oseberg Shipの紹介
*Gokstad Shipの紹介
*バイユータペストリの紹介

3 シャイアの古風なマテリアルと文化
*Sarehole Millの紹介

4 結論

今回も比較的少なめ。昨日が課題であるエッセイの締切日だったのですが、なんとかぎりぎり提出できました。

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