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ENDOR雑記

束、洋書関連の個人的メモ書き。

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アイヤ エアレンディル エレニオン アンカリマ!

こんばんわ

すっかり年末になりました。今年もさやうぇんさんのTolkien Adventに参加しています。
さて、突然ですが今回のテーマはエアレンディルです。

指輪物語では古代の神話のイコンであり、ある人物として読者が認識することはあまりないかもしれません。
エアレンディルは下記のごとく、ただ物語の背景として登場します。


かの女は小さな水晶のびんをかかげました。その手の動きにつれて、びんはきらきら輝きました。そして白い光がその手から発しました。「このびんには、エアレンディルの星の光がわが泉の水に映じたのを集めてあります。そなたの周りを夜が包む時、これはいっそう明るく輝きましょう。暗き場所で、他の光がことごとく消え去った時、これがそなたの明かりとなりますように。」*1

このように、ガラドリエルの玻璃瓶に閉じ込められている光となり、そして、その玻璃瓶を持つフロドがシェロブ退治において放つ、呪文のような言葉にも。

「アイヤ エアレンディル エレニオン アンカリマ!」

なんというか、どっちかというと、神様仏さまエアレンディルさまみたいな感じです。
物語の中でも、空に登ってしまって星になったとありますので、個人というよりは神格化されたものと捉えてよさそうです。

とはいえ、教授にとってはこの「エアレンディル」という名前、言葉は非常に思い入れの深いものであったようです。


まず、このエアレンディルという名前は、教授あるあるではありますが、古英語詩の中から取られていす。

該当部を抜粋してみましょう。

Eala Earendel engla Beorhtast
ofer middangeard monnum sended
おお、エアレンデル、天使らの中にありて光輝きわまりなきもの
人の世に送られて、中つ国の空にかかる*2


これは9世紀の古英語詩人キュネウルフ(Cynewulf)の詩「キリスト」の一節です。

書簡集のN0.297 ラング氏(1967年8月)への手紙の草稿にその思いが綴られています。
まだうら若き頃、初めてアングロサクソンを専門的に学び、上記の詩に触れ、この言葉の美しさにおおいに打たれたそうです。
その手紙の一文を引用しましょう。
――entirely coherent with the normal style of A-S, but euphonic to a peculiar degree in that pleasing but not 'delectable' language.

ざっと訳すと

――アングロサクソンの通常の文体と完全に合致しながらも、特有の音感が美しく喜ばしく、それでいて、「おいしそうな言語」ではない。

という感じでしょうか。'delectable' languageの解釈が難しいのですが、おそらくは、アングロサクソン言語はどちらかというと優美なエレガントなイメージよりも、筋肉質で質実剛健なイメージが強い……というところから来ているのかもしれません。

そしてこの言葉は明らかに一般名詞ではなく固有名詞である、とあり、若き日の教授は想像力を脹らませ、ほぼ直観的に宇宙創生神話の金星を指すのだろうとひらめいたのだそうです。
太陽が昇る前の暁に輝く金星。
そしてこのエアレンディルを主題にして詩を書き、自らの創作「指輪物語」のモチーフとして登場させたのです。

このように若いころの詩作でも、みなさまおなじみの指輪物語でも、神話の中のイコンとしてエアレンディルは神格化されています。
ところがその「シルマリルを額に掲げて暁の空を照らす」エアレンディルが、非常に身近に感じられる、血肉の通ったキャラクターとして描かれている物語があります。

それが、今年の夏刊行された「ゴンドリンの陥落」です。
ここでのエアレンディルは、まだ暁の明星と化した勇敢なる航海者ではなく、まだトゥオルとイドリルの子供としての愛らしい幼子エアレンディルです。それほど出番は多くないのですが、実に可愛らしいエアレンディルが描かれています。

それにしても、エアレンディルという美しい響きを持つ言葉、後に神話のイコンとなるものに、こうした生き生きとした「生身」を感じさせる描写が与えられていることに驚きを禁じ得ません。

この落差というかギャップがトールキンの作品を指輪単体で読むだけではなく、シルマリル、UTそしてHoMeと掘り下げていくうちに、さらに指輪物語やホビットの世界が輻湊化され魅力を増してゆく要因なのだと思います。

『ゴンドリンの陥落』では、エアレンディルだけではなく、グロールフィンデル、エクセリオンといった宗主たちの活躍、失われた都の栄華が、後の物語の枠組みを通して、より鮮明になって立ち現れるように思えます。
指輪物語、ホビットでは遠い昔の伝説が記録され、物語として書き残されていること(とその設定)に驚きと、なにか不思議な感慨を覚えずにはいられません。

今でこそ、世界の創生から作り上げるファンタジーは百花繚乱の趣ですが、先駆者でありながらも、他の追髄をゆるさぬ世界の深さにますます魅入られるばかりのこのごろです。



*1 『指輪物語 旅の仲間 下』「八 さらば、ロリアン」 フロドに玻璃瓶を授ける時のガラドリエルの言葉
*2『J.R.R.トールキン 或る伝記』より






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トールキン夫妻の墓碑 ベレンとルーシエン



さて、年末も押し迫ってまいりましたクリスマスアドベントでございます。
こちらの→トールキンアドベントカレンダーに参加しております。

今年は、ベレンとルーシエンの一年(半年)でしたね。
おそらくはクリストファ氏最後の編纂になるだろう『ベレンとルーシエン』、アラン・リー氏による美しいカレンダー。もっともカレンダーは2017年なので、これから一年楽しめますね!!

来年はトールキン自身の映画化からアマゾンのドラマシリーズと盛りだくさんです。

そして、今回のブログは、トールキンファンならみなさまご存じのエピソードから。
トールキン夫妻の墓碑には「ベレン」、「ルーシエン」の刻字がなされています。
この墓碑に関する教授の手紙をご紹介しましょう。

妻エディスの墓碑に「ルーシエン」と刻んでほしいという依頼は、1972年7月11日のクリストファ氏あての手紙に書かれています。下記、書簡集からの引用です。

I have at last got busy about Mummy’s grave. . . . . The inscription I should like is: EDITH MARY TOLKIEN 1889–1971 Lúthien : brief and jejune, except for Lúthien, which says for me more than a multitude of words: for she was (and knew she was)
(私訳)
ようやくママのお墓に専心することができたよ……。碑文には、
EDITH MARY TOLKIEN 1889–1971 1 Lúthien
と、Lúthien,以外は簡潔で意趣もなくしてほしい。Lúthienは、どれほどの言葉を尽くそうともこれ以上に彼女を語る言葉は、私にとってない。(彼女もそれを知っていた)

Say what you feel, without reservation, about this addition.

この付記について、お前が思うことを遠慮なくいってほしい。


とあります。また、


I never called Edith Lúthien – but she was the source of the story that in time became the chief part of the Silmarillion. It was first conceived in a small woodland glade filled with hemlocks at Roos in Yorkshire (where I was for a brief time in command of an outpost of the Humber Garrison in 1917, and she was able to live with me for a while).

In those days her hair was raven, her skin clear, her eyes brighter than you have seen them, and she could sing – and dance.

(私訳)

私はエディスをルーシエンと呼んだことはなかった――しかし、当時、彼女はシルマリルリオンの主要部分となるあの物語の源泉であったのだ。
ヨークシャーのルース(1917年の短期間滞在した、ハンバーガリソンの駐屯地のある場所。エディスと私はしばし一緒に住むことができた)で、ヘムロックが群生する小さな森の谷間で最初にその物語を思いついた。

この頃、彼女の髪は烏の濡羽のごとく黒く、肌は透き通るようで、瞳はお前たちが知るよりもずっと輝いていた。そして彼女は歌い――踊ったのだ。


ベレンとルーシエンが出会うドリアスの森には、初期版からヘムロックの花が咲き乱れていました。若き日の黒髪のエディスはルーシエンのように歌い、踊ったのでしょう……。そんな彼女にトールキンはベレンのようにすっかり心奪われてしまったのでしょうか。

けれどもそこから続く手紙の文面には、苦渋のあとが窺え、トールキン夫妻が後に辿った人生の様子が垣間見れるようです。

But the story has gone crooked, & I am left, and I cannot plead before the inexorable Mandos. I will say no more now.

– someone close in heart to me should know something about things that records do not record: the dreadful sufferings of our childhoods, from which we rescued one another, but could not wholly heal the wounds that later often proved disabling; the sufferings that we endured after our love began – all of which (over and above our personal weaknesses) might help to make pardonable, or understandable, the lapses and darknesses which at times marred our lives – and to explain how these never touched our depths nor dimmed our memories of our youthful love

(私訳)
だけど、その物語は歪んでしまい、私は一人残されてしまった。そして私は容赦ないマンドスの前で懇願することもできない。
これ以上は何も言わないでおこう。

――私の心に近しい人ならこの件についていくばくは知っているだろう。記録は記録どおりではないのだ。私たちは、子供の頃に受けた恐ろしい苦しみから、お互いを救い上げてきた。しかし、すべての傷を癒すことはできず、後になって、手も足もでなくなることがしばしばあった。私たちの愛が始まった後も続く苦しみに耐えてきたのだ。それらのすべては、私たちの生活をしばしば損なう衰退と闇を(とりわけ個人的な弱さを)、許しあう、あるいは理解しあう一助となったかもしれない――。
あるいは、このようなことがあったとしても、私たちの若き日の愛の深さに触れることなく、その記憶を曇らせはしなかったという証しとなったことを。


とても胸を打つ内容です。
なにか付け加えるのも憚られるようで、私訳も拙く申し訳ない限りです。本来なら文章に長けた翻訳家がなすべき仕事でしょうが、致し方なく……。

トールキンの晩年は、片手間に書いた(と見られがちな)小説が大いに売れ、長年連れ添った妻に、子供、孫にも恵まれ、幸福な晩年を送ったイメージが強く、またそうだったと言えるでしょう。

ただ指輪物語,、シルマリルにも描かれる「闇」はそのままに彼の心中にあったものだということに、今更ながら気づくのです。













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トールキンソサエティ・ジャーナル Mallornより 

トールキン・ソサエティの会員になると機関紙「アモン・ヘン」が毎月、ジャーナル「Mallorn」が年に二回送られてきます。

どちらもぱらぱらと目を通すぐらいでじっくり読んだりすることは稀(^^;)なのですが、今回の「Mallorn」になかなか面白い記事がのっていたので、少しまとめてみます。記事寄稿者はトールキン研究では大層有名なトム・シッピー氏。内容は2009年に出版された下記トールキン研究本『The Epic Realm of Tolkien - Part One - Beren and Luthien』に対するレビュー、あるいは痛烈な批評またはお叱りです。

この本ではシルマリルからHoMeに掲載されているベレンとルーシアンの物語のソース・マテリアル、つまり教授流に言うとスープの出汁の元各種を取り上げ、それぞれを掘り下げてみたもののようです。アーサー王伝説との関わりがあるものが軸となっています。
例えば

マギノギオン 「キルッフとオルウェン」(初期アーサー伝説として)
ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハの「パルツィヴァール」 
中世詩 「かっこうとナイチンゲール」
(http://www.everypoet.com/archive/poetry/Geoffrey_Chaucer/chaucer_poems_THE_CUCKOO_AND_THE_NIGHTINGALE.html)
モンマスのジョフリーによる「ブリテン王列伝」
などなど。

また、ベレンとルーシエンの物語の中に見受けられる具体的なアイテムとして、

初期のベレンとルーシエンの物語に登場する猫のプリンス、テヴィルド(Tevildo)のモデルとして ウェールズの民話に出てくる悪魔の猫 キャスパリーグ
カルカラス(Karkaras)のモデルとして、マギノギオンのトゥルフ・トルイス (大イノシシ狩りの話)
が挙げられ、上記の二つのアイテムに関してはシッピ―氏も「ソースとしてもっともらしい」と認めています。

ですが、確かに類似点はあるもののトールキンがソースとしたかどうかは疑わしいとシッピー氏が指摘するものも多々あるようです。

一つには中世詩の「かっこうとナイチンゲール」。シッピ―氏によると、トールキンがこの詩を知っていたことは勿論ありうるが、それよりも古い「フクロウとナイチンゲール」の詩により強い興味を抱いていたと反論しています。「フクロウとナイチンゲイール」は、オックスフォードのシラバスにもある作品だし、さらには「フクロウとナイチンゲール」の作者とされるNicholas Guildfordの名を、トールキンは『Notion Club Papers』の登場人物に拝借しているではないか!と大反撃。そして前者のナイチンゲールは真の愛と精神の向上を表すのに対し、後者は不義と不貞を表しているといったところで矛盾が見られる。よって、前者からのみナイチンゲールの解釈を引き出そうとするのは無理があるというわけです。

また、エッシェンバッハのパルツィヴァールに関しても、探求の対象といった意味合いで聖杯とシルマリルを同等視する論説が展開されるのですが、それに対しても、シッピー氏はドイツの聖杯伝説にトールキン教授が興味を示さなかったわけではないが、それは北欧の伝説となんらかの関連を持つ場合に限ると主張します。

さらに、モンマスのジョフリーによる「ブリテン王列伝」にも初期のアーサー王伝説の要素が数多く含まれています。そこでトールキンは「失われた物語(Lost tales 1、2)で、ブリテン王列伝が書かれた当時の元ネタであるイングランドのアーサー王伝説を再構築しようとしたのだろうという仮説が打ち立てられています。これもシッピ―氏は、著者の「ブリテン王列伝」の解釈(一部のラテン語の解釈)に誤りがあるとして退けています。

全体的に手厳しい内容となっていて、間違いを指摘するだけではなく「似たものを並べただけじゃくそつまらん! そっから先になにもないなのか!!」とドカドカしている様子が目に浮かぶようでした。トールキン研究本もこれまでに(海外では)多数出版され、新しい切り口を見つけるのが難しくなってきているのかもしれませんね。

The Epic Realm of Tolkien - Part One - Beren and Luthien
Alex Lewis (Author), Elizabeth Currie (Author)
(http://www.tolkienlibrary.com/press/903-Epic_Realm_of_Tolkien.php)


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