ENDOR雑記

束、洋書関連の個人的メモ書き。

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Against a Dwarf その9




さておき、さておき、

これまでドワーフのおまじない、“Against a Dwarf”に関するマシューさんの論文を長々と説明してきたわけですが、

またしてもここで論文かよというか、


http://www.thefreelibrary.com/Dwarves,+spiders,+and+murky+woods%3A+J.R.R.+Tolkien's+wonderful+web+of...-a0242509655

とゆーのがあって

これが題名からして、“Dwarves, spiders, and murky woods: J.R.R. Tolkien's wonderful web of words”.

で、トールキン好き様方ならばちょっと読んでみたくなるような題名でしょう。割と短いんで読んでみてww


ここでのポイント:束教授は、おそらくAgainst a Dwarf のお呪いも、蜘蛛とドワーフの関連性も知っていただろうというところ。

ホビットにしろ、指輪物語にしろ束教授はドワーフにある種の親しみを持っていたご様子が伺えるが、その一方で、蜘蛛は大嫌い。

そんな教授が蜘蛛とドワーフの関連性を知った時のお気持ちは、察するに余りある。

数々の作品に敵役として度々登場する、シェロブ、ウンゴリアント、しゃべる大蜘蛛……。

ドワーフさんたちが蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされ、フロドもぐるぐる巻きにされ、メルコールも、メルコールも、ウンゴリアントにロックかまされて絶叫してるんだが……これだけ何か違う感漂いまくっているな。

只管に巨大でグロテスクで、理性も知性もある程度持ち合わせてはいるが、それらは欲望に隷属し、繁殖力が半端ない。教授の竜が時折有しているある種の精神性も乏しいように思える。

それらは敵側と言うよりも、原初の闇に属する化け物だ。

だが、一方で蜘蛛とドワーフの共通性とされる技巧。それが生み出す蜘蛛の巣のモチーフは、闇の勢力に属するだけでなく、他の種族が技が生み出す様々なモチーフにも与えられているように思える。


例えば、ミスリルの鎖帷子

“It was close -woven of many rings, as supple almost as linen, cold as ice, and harder than steel. It shone like moonlit silver, and was studded with white gems.”

この描写はどことなく朝露を纏った蜘蛛の巣を彷彿とさせないだろうか?

エルフのロープ、ヒスラインのロープも、どことなく蜘蛛の糸を思い出させる。

“Slender they looked, but strong, silken to the touch. grey of hue like the elven-cloaks.

またビルボの手書きの文字は悪筆で、
“When he wrote himself it was a bit thin and spidery."

とある。

束教授の頭に、蜘蛛とドワーフの言語学的、民話的関連性が念頭にあったのなら、こうしたモチーフに蜘蛛の巣の特性を付与した意図は何なのだろうか?


ドワーフ、エルフを闇の種族ではなく、光(というかメルコールと敵対する側)にしたのは、教授の独自解釈である。

これは、エントのアイゼンガルド襲撃が、シェークスピアのマクベスに対するアイロニーであるのと同様、エルフやドワーフを闇の側に落としめてしまった“寓話”、“メルヒェン”に対するアイロニーではないかとわたしは思う。勿論それが全てではなくて、そういう一面もあるんじゃないかという事だけど。

蜘蛛を徹底的に敵役とし、ドワーフを光の側に組み入れることで、束世界のあるべき種族構成を確立する。その上で、それぞれの善なる種族に蜘蛛の巣の持つ(どちらかと言えば美的な)側面を忍ばせる。蜘蛛の優れた技巧は、ドワーフのみならず、エルフにすら通じる。

とするならば、束教授はなんと巧妙な作家だろうかと今さらながら驚くのだ。

専門とする文献学、言語学から得られたモチーフとその特性をそのままに使う事はない。反語的な使い方をするかと思えば、その歴史を忍ばせる要素をひそかに付加する。独自のあるいは稀有とも言える偏向。その偏向特性が時には水の入ったコップのように、光を分け美しい虹を作り、読者を幻惑する。



ただ単純に、庭仕事している時とか、ふと朝露の散った蜘蛛の巣を見て単純に美しいなと感嘆したのかもしれないけれどね。蜘蛛は大嫌いでも、ああこれはきれいだなと思ったのかもしれない。




ではではAgainst a Dwarfシリーズ(なのか?)これにてお終い。

ナマーリエ!








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六月は春の終わり。 Against a Dwarrf その8







六月ですね。蚊が出てきましたよ……。


蚊に噛まれたら 右手で胸の前に十字を切り、左手で額に卍を書いて、

粘着剤のついた透明なテープを棚から取り出し、1.5cmの長さに切り、

ドラドラキュッキュと三回唱えた後に、

患部にその小片を貼るが宜しい。

アーメン。

以上、蚊に噛まれた時のおまじないである(自作)。要はセロハンテープを貼ることである。

これ割と効くんだけど、痒くなくなって存在を忘れて風呂に入るとセロハンテープが。湯の中で、排水口あたりで、


前置きは以上。

さて、本体のお呪いである。


A spider-thing came on the scene
with his cloak in his hand; claiming you for his horse,
he put his cord on your neck. Then they began to cast off from land;
as soon as they left the land they nonetheless began to cool.
The beast's sister came on the scene;
she stopped it, and swore these oaths:
that this should never hurt the sick one,
nor any who tried to take this charm,
nor any who should speak this charm.
Amen. Fiat.

拙訳


蜘蛛の様なものがマントを手にやってくる。
お前は私の馬だと言い張りながら、お前の首にひもを掛ける。

それから彼等は岸を離れ始める。岸から離れるや否や、ともかくも冷たくなり始める。
そこに獣の姉(妹)がやってきて、それを止めさせる。そしてこの宣誓を誓う。

これは病んだものを決して傷付けはしない。
このお呪いを受けんとするものを
このお呪いを唱えるべきものを

アーメン 然り



まずは、“a spider-thing(蜘蛛の様なもの)”は何かというところから。

原語は“spindenwiht”だそうだ。“spider-person”、“spider-creature”とも訳される。

ズバリ言いましょう。これはドワーフのことを意味しています。

なんでやねん。

何故かと言うと、“dwarf”と“ spider”は言語的に、フォークロワ的に繋がっているからよ。


Gay also points out a folkloric and linguistic relationship between dwarfs and spiders,:


Gayさんという方が、ドワーフと蜘蛛の言語的かつ民俗伝承的な関係を指摘されているというのだ。


ドワさんはスウェーデン語ではdvergとゆーらしいー。この言葉はドワさんそのものを指す以外にもspeder(蜘蛛)の意味があるらしい。

あと、ブルトン語、ウェールズ語、コーンウォール語(ケルト語の一種)でもcorといって、やはりドワーフと蜘蛛両方を指す。 

言語的なところでは、成程なーと思う。

しかし、“民俗伝承的”な説明および根拠が見つからない。見つけられない。

ヤコブ・グリムの「Deutsche Myhologie」が大元らしいが……。

困った。誰か教えて下さらんか。

……ともかく時間のある時にもう少し掘り下げて調べようと思います。


次は獣の姉(妹)。これ一体誰?

原語は“dweores sweostar”であるが、これは原本が非常に判読しがたい状態にある故の、読み違いではないかとマシューさんは仰る。

“dweores sweostar”を“dwarf's sister”ではなく“eares sweostar” すなわち“the sister Earr”と解釈する学者もいるらしい。

何故なら、(蜘蛛/ドワーフ)的な生き物の悪行を止めさせるものが、その生き物の妹(姉)だったりするはずがないからだ。そして、“the sister Ear”は、夜明けの女神 “Eástre”だろうと言う。

この夜明けの女神“Eástre”はゲルマンの神らしい。春の女神でもある。なんでも最近はやりの『イースター』の語源がこの女神さまだという。ウィキさんを貼っておく。

→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A9%E6%B4%BB%E7%A5%AD

以上を踏まえてお呪いを再度解釈してみると

蜘蛛/ドワーフが、マント(蜘蛛の巣?)持ってやってきて、眠っているものの上に跨り、その者を馬にして(馬乗りになり、首にひもを掛けて苦しめ)、どこかに(海に? 夢の中に? 異世界に? )出て行こうとする、
すると、夜明けの女神がやってきて、それを止めさせ、苦しんでいる者を救う。

となる。

なるほど、細かい所はまず置いといて、大筋としてこのお呪いは“睡眠障害を克服するための自己暗示”だと納得できる。
 

ところで、“Eástre(エオストレ)”というと、アラゴルンの幼名エステルを思い出す束ファンもいらっしゃるだろう。

エステルはシンダール語で意味は“希望”。なんだかシンクロしているみたいで、けっこう嬉しい。

女神だけど……

女神だけど……!!





Against a Dwarf だいたいこんなところか。ふー。

次回はトールキンのお話を含めてまとめる予定でございます。


よろしゅうに。










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