ENDOR雑記

束、洋書関連の個人的メモ書き。

11/1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31./01

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

[edit]

trackback: -- | comment: --
page top

1937年12月16日の手紙より……その2: トールキンはケルトが好き? 嫌い?


前回と引き続き、さやうぇんさん主催のトールキンが好きな人のためのアドベントカレンダー
に参加しています(*´▽`*)

それでは、1937年12月16日の手紙から、トールキンはケルトが好き? 嫌い? (;^ω^)

とりあえず、手紙の中で、
Needless to say they are not Celtic!
と叫んだのは何故か? 

からいきましょう。

まず、これは
「シルマリルリオン」はケルティックである」
という読者の感想を受けての発言だということを念頭に置かねばなりません。そして実はその理由ははっきりしています。

トールキンの創作神話「シルマリルリオン」は、アングロサクソン系を始祖とする祖国イングランドのためのもので、ケルト系のウェールズやスコットランドのためのものではないからです。

「シルマリルの物語」の序文を引用してみます。

「我が国には、自分のものと言える(つまり英語という言葉と、イギリスという国土に結びついた)物語がありませんでした。(中略)もちろん、アーサー王伝説の世界はありました。今もあります。確かに強力な存在ですが、完全にイギリスのものかというと、そうではありません。」

邦訳ではイギリスとなっているので、少し混乱しますが、その歴史を激しく大ざっぱに要点だけかいつまむと下記になります。↓

 ブリトン島の歴史
 石器時代、人種不明。
 BC700年頃、ケルト人が大陸から渡来。
 4世紀     西部からアイルランド人、東部からサクソン人、アングロサクソン人渡来。
 9世紀    ノルマン人来寇

他にも細かいことは当然あるのですが割愛します(し過ぎてるけど)。

このサクソン人、アングロサクソン人を祖とする国(イギリスの中核をなす地方)がイングランドです。トールキンの祖先はアングロサクソン人でした。上記の序文の中の「イギリス」は原文ではEnglishであり、大まかにはイングランドを指します。
トールキンは、イングランドのための神話、アングロサクソン人のための神話を作りたかったということです。

トールキンの「シルマリルリオン」がケルト風であると評した読者の感想には、
it has something of that mad, bright-eyed beaty that perplexes all Anglo-Saxons in face of Celtic art
とありました。

簡単に訳しますと。
「いかれたような輝く目をした美しさといったなにかがあるが、ケルト風芸術を目の当たりにして、アングロサクソン人は困惑させられるだろう」
いやそのアングロサクソン人のために書いた神話なんです。
これは、ご本人にとってあまりにも不本意な反応だったことでしょう。そりゃー Not Celtic! と叫びたくなりますよね……。

では本題

トールキンはケルトが好き? 嫌い?(ブチブチ←花びらをむしる効果音)



上記の序文の続きを見てみましょう。

「それは私にとって望ましい資質をそなえていなければなりません。冷涼で澄明なもの、私たちの国の、”大気”のかぐわしく匂うものでなければなりません。それは、時にケルト的と呼ばれる、魅力的な、とらえがたい美(といっても、純粋な古代ケルトの書物には滅多に見いだされないものではあるのですが)を所有すると同時に、粗野なものが取り除かれた、’格調高いものでなければなりませんし……」

(;゚Д゚)

教授、1937年の手紙と全然反対のこと言ってる……。


と驚くのは早計です。

「……時にケルト的と呼ばれる、魅力的な、とらえがたい美(といっても、純粋な古代ケルトの書物には滅多に見いだされないものではあるのですが)……。」
に注目してみましょう。
ここには時にケルト的と呼ばれる、魅力的な、とらえがたい美
とあり、
純粋な古代ケルトの書物には滅多に見いだされないもの
との対比が見られます。

つまり、トールキンが目指したのは、「ケルト的なもの」でり、ケルト文化(あるいは神話)そのものではないのです。ではその「ケルト的なもの」とは何でしょう。

カーディフ大学の講師ディミトラ・フィミ氏の、トールキンとケルトに標準をあてた論文、
“Mad” Elves and “Elusive Beauty”: Some Celtic Strands of Tolkien’s Mythology
に、その解答が示されています。

まず、トールキンの「English and Welsh」から下記が引用されています。、
Beowulf sounds much more "Celtic" since it is "full of dark and twilight, and laden with sorrow and regret" than any original Celtic material 
(私訳:べーオウルフは「闇と薄明に満ち、悲しみと後悔に覆われているからこそ、大本のケルトのものよりもより『ケルト風』である)

そして、Fimi氏は、トールキンの言うケルトの「とらえがたい美(Elusive beauty)について

and it is here, I think, quite clear that he refers exactly to the romantic idea of ―Celticness, with its supposedly sorrowful tone and twilight setting,
(私訳:ここでトールキンが言わんとしていることは、ロマンティックなケルト的観念、すなわち 悲嘆に満ちた、薄明の中にあるとされているものでしょう)

と説明しています。

具体的には、

ラッカムのアーサー王の挿絵

みたいな感じでしょうか? フィミ氏は他にも、バーン・ジョーンズ、ウィリアム・モリスの名前を挙げていました。つまり、19世紀のラファエロ前派的な雰囲気を思い描けば大体合っていそうです。要はアレンジされたケルト風ということのようです。

では、トールキンの嫌いなケルトを見つけてみましょう。
それは、「純粋な古代ケルトの書物にひんぱんに見いだされるもの」で、「(ロマンティックなケルトから)取り除かれた粗野なもの」で、
「鮮明でありながら、割れた色硝子のように無秩序であるように思えるもの」です。

フィミ氏によると、bright coler(鮮明)は、例えではなく、ケルト神話によく出てくる原色のことを指しているとのことです。また、トールキンはよくケルトを「魔法の袋」と例え、なにか放り込むと、どんなものでも出てくる、と批判しています。おそらくは、その無節操さを嫌ったのではないかと。

もっともその好き嫌いの傾向は年を経るにしたがって、ケルトにより好意的な方に傾いていったようですが。

そして、もともと好きだったウェールズ語がもっと好きに(o^―^o)ニコ


最後に、ウェールズ語とアイルランド語について少し。

ケルト系の言葉は数多くあります。トールキンが最も愛したのはウェールズ語であることは確かでしょう。しかしあまり好きでない言葉もあるのです。
それは……


アイリッシュ

ですΣ(゚д゚lll)ガーン。ゲール語といった方が分かりやすいかもしれませんが。

1955年10月の講義より
I go frequently to Ireland (Eire: Southern Ireland) being fond of it and of (most of) its people; but the Irish language I find wholly unattractive.”(私はしばしばアイルランドに行くが、その地や人々は大体好きなのだが、アイルランドの言葉にはまったく魅力を感じない)

1967年8月の手紙には
I have no liking at all for Gaelic from Old Irish downwards, as a language,(私は言語的に、古アイルランドを祖とするゲール語は好まない)

(っω・`。)


まとめましょう。

1937年の手紙のケルト嫌い発言は
1.そもそも「シルマリルリオン」はアングロサクソンのための神話だった。
2.ロマンティックにアレンジされたケルトは好きだけど、原色きらきらで矛盾だらけの古代ケルトは好みじゃない。
3.おなじケルト系の言葉でもウェールズは好き。アイリッシュは……どうもダメ。


てな感じでしょうか。まったくややこしい人ですね!!


・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

長々と書いてしまいましたが、
ここまでお付き合いありがとうございます! これでも短くしたのです!!

もっとこのモリアの奥を掘り進みたいかたは下記をご参照くださいませ。フフフ……。




Fim氏のインタビュー

トールキンとアイルランド






字ばっかりで寂しいので最後に私の好きなバーン=ジョーンズ(教授も好きだと思う……)↓
私の好きなバーン=ジョーンズ(教授も好きだと思う)


スポンサーサイト

category: トールキン関連

[edit]

page top

1937年12月16日の手紙より……:トールキンはケルトがお嫌い(@_@)??

今回はさやうぇんさん主催の
トールキンが好きな人のためのアドベントカレンダー
に参加しています(*´▽`*)

未邦訳の書簡集の中から、本日の手紙を紹介いたしましょう。、
さて、88年前の今日、トールキン氏は一体どんな手紙をしたためていたのでしょう……(o^―^o)ニコ

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

1937年、日付は12月16日書簡集No.19。宛先は、ホビット出版元の社長、スタンレー・アンウィン氏です。ホビットがめでたく刊行され、売り上げも好調で、アンウィン氏はトールキンの次作を強く望んでいました。この手紙の数か月前、トールキンはすでに書き上げていた初期版シルマリルリオンをアンウィン氏に送っています。その原稿をアンウィン氏は数名の読者に試読させ、彼らから得た批評および感想をトールキンに渡していました。さて、その反応や如何に……。
以下に本文を要約いたします。多少砕いた感じになっておりますが、お許しの程をペコリ(o_ _)o))


体調不良および、諸事情により、筆不精をお許しいただきたく。
お送りしたシルマリルリオンが拒絶の憂き目を免れたようで、いたく安堵しております。
いつの日かこのシルマリルリオンを世に出したいと強く願うようになりました。

しかし、しかしあの「名前」については貴社の読者を大変驚かせてしまったようで……
……でも、あれはあれでよいのです。二つの言語(自作言語)から成り立っているのですから。
でも……

あれはケルト風(Celtic)ではないのです! 物語も言語も間違ってもケルト風では……!!。

ケルト風に関しては幾許かの知識はありますが、私自身どうにも不合理に感じてしまい楽めないのです(はっきり言って嫌い)
ケルトは鮮明でありながら、割れた色硝子のように無秩序であるように思えます。つまり、読者の言うがごとく「狂って」いるのです。でも私は狂ってはいませんから。

ともかくあの文体が目的にかなったものであることが分かって、私は実に励まされました

私が送った作品は貴社の期待に沿うものではないと分かってはいたのですが、少なくとも、個人的な価値以外があるかどうか知りたかったのです。もちろん、「ホビット」の続編なるものが求められていることは承知しております。けれども、私の心はこの創作神話と二つの創作言語でほぼ一杯であることを分かっていただきたいのです。
ホビットの続編はごにょごにょ(意訳です
善処いたします(意訳です)。
コメディ的なものは、もっと子供向けにしないと野暮ったくなりそうだ。
しかしオークや竜の本領発揮は、まだまだこれからです。
ご期待あれ!

(以降全文意訳です

送ったイラスト返してくださいね……講義で使う予定なんです。
あと、ホビット何冊か著作者用のお値段で分けてくださいませんか? クリスマスプレゼント用に……。
ではよい航海を! 私はラジオに出る予定です! よろしく!

J.R.R.Tolkien



と、本文はここまでです。
終わり

よいクリスマスを!!

では終わりません(*´Д`*) ごめんよ〰

少し内容に踏み込んでいきましょう ズカズカ


ホビットの次作を期待したアンウィン社に送ったのは、現在『シルマリルの物語』として出版されている物語の初期草稿(シルマリルリオン)だったのです。そして、読者の反応はといえば、当然かなり戸惑った様子で、ある読者は「ケルト風であり、アングロサクソン人は困惑するだろう」といったものでした。

それで、トールキンは
Not Celtic!
と猛反発しているのです。

しかし、これは、トールキンの創作言語に興味をお持ちの方、PJ映画で音楽に興味を持たれた方はきっとびっくりされたのではないでしょうか。
→あれはケルト風(Celtic)ではないのです! 物語も言語も間違ってもケルト風では……!!。
(え、指輪物語ってケルト風じゃないの???)
→ケルト風にしては幾許かの知識はありますが、私自身どうにも不合理に感じてしまい楽めないのです(はっきり言って嫌い)
となるともう(え。どーゆーこと?! 嫌いって??? )

って疑問符いっぱいつけたくなるのでは……。

訳文が怪しいかもしれないので原文引用しますね。

*

(原文)
Needless to say they are not Celtic! Neither are the tales.
I do know Celtic things (many in their original language Irish and Welsh). and feel for them a certain distaste:largely for their fandamental unreason. They have bright color, but are like broken stained glass window reassembled without design. They are in fact 'mad' as your reader says--but I don't believe I am.

(拙訳)
あれはケルト風(Celtic)ではないのです! 物語も言語も間違ってもケルト風では……!!。

ケルト風にしては幾許かの知識はありますが、私自身どうにも不合理に感じてしまい楽めないのです(はっきり言って嫌い)
ケルトは鮮明でありながら、割れた色硝子のように無秩序であるように思えます。つまり、そなたの読者の言うがごとく「狂って」いるのです。でも私は狂ってはませんから。

*

このケルトに対する嫌悪を表明した一文をちょっと読み込んでいきましょう。

映画では、エンヤ等のケルト系フォルクロールの歌手が起用され、騎馬文化のローハンを描くにあたり、ケルト文様があしらわれていました。
また教授の創作言語でも、ケルト系の言語の影響は明らかです。
トールキン研究でもみなさまご存じの辺見葉子氏の論文から少し引用してみましょう。

「より具体的に言うならば、ウェールズ語(ケルト系言語)の音韻体系をモデルにトールキンが創造したシンダリンというエルフ語から作られているという意味である。」

とあります。

こうなると、言語学者たるトールキンが、創作言語シンダリンと密接に関連する「シルマリルリオン」で、作風がCelticであることを強く否定するのは実に理解しがたいのです。

単なる気まぐれか? あるいは、トールキンのケルト観があるとき180度変遷したのか?

これはローハン文化と、創作言語(エルフ語)からの観点だけでは切り崩せない壁のようです。


長くなりそうなので一旦分けましょう。

次回、この壁をベガーしていきます。キーワードは「神話、イングランド」です。

よろしくお願いします(o*。_。)oペコッ










category: トールキン関連

[edit]

page top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。