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ENDOR雑記

束、洋書関連の個人的メモ書き。

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The Cottage of Lost Playの暖炉の火


さてクリスマスアドベント。
こちらに参加いたしております→トールキンアドベントカレンダー
今回はLost Talesのはじまりのはじまり
The Cottage of Lost Playからです。
しかし、HoMe一巻を語ろうとすると、初期設定を一から紹介せねばならなぬのですが、
まあシルマリルの原型といってしまえばそうです。
しかしシルマリルの物語がさらなる物語で梱包されているのです。文学の用語でいうと枠物語。

それがエルフの島、トルエレッセアとエリオルの物語です。この枠物語、美しい包み紙はシルマリルというあまりにも大きな骨格を包み切れなかったようですが……。

HoMe一巻、一章のThe Cottage of Lost Playを読むと、とても不思議な気分になります。なぜならそこは慣れ親しんだ中つ国でも、神々が住まうヴァリノアでもない空気に満ちているからです。ビルボもフロドもいません……ホビットはまだ教授の世界にいないのです。でも、エアレンデルや、エルフの三支族、ノルドールの苦難など、後のトールキン神話の主要モチーフがこのころすでに登場し、後の物語がすでに芽生えていたことに驚きます。

エルフの島、トル・エレッセアにやってきた旅人エリオルと、かれを客として受け入れる、リンドとヴァイレ夫妻。
情景描写と語りの中には、トールキン独特の語感を持つ固有名詞がいくつか出てきます。

そうした言葉をいくつかあげてみましょう。

Alalminore or the “Land of Elms”,
アルミノレ「楡の地」
ノーム語ではGar Lossion,ガル・ロッション「花の場所」

Tombo, the Gong of the Children,
トンボ「「子供たちの銅鑼」

Room of the Log Fire
語りのための「暖炉の部屋」

Tale-fire blazing in the Room of Log
暖炉の部屋で燃える物語の火

the Sleeper in the Tower of Pearl
「真珠の塔に眠る者たち」

the Arbour of the Thrushes
「つぐみの東屋」
これは、ティヌーヴィエルの物語にも出てきましたね!

それぞれを説明していると、ブログがとても長くなってしまうので一つだけ取り上げましょう。

Lost Talesは、トル・エレッセアのエルフから旅人エリオルが物語を聞くといった形式になっています。
様々な場所で様々なエルフから話を聞くのですが、中心となるのが「Room of the Log Fire」
語りのための「暖炉の部屋」です。

これは、リンドとヴァイレ夫妻の館にある部屋です。
リンドとヴァイレは、トル・エレッセアの真ん中に位置する町の領主であり、この館はかなり広いようです。
そして、夜になると町の人々(エルフ)が集ってきます。食事と飲み物が振る舞われ、その後に語り手が物語を語る……。

一文を引用してみましょう。

‘That,’ said Vaire, ‘is the Tale-fire blazing in the Room of Logs; there does it burn all through the year, for ’tis a magic fire, and greatly aids the teller in his tale?but thither we now go,’

「そうです」
とヴァイレは言いました。
「これは暖炉の部屋で燃える物語の火です。一年を通して燃えているのは、魔法の火だからです。そして語りてを大いに励ましてくれるのです。でもいまはこちら(宴会の間)にいきましょう」


「指輪物語」のエルロンドの館の「火の広間」を彷彿とさせますね。
一年を通じて燃えている火も、ここで「物語の火(Tale-fire)」として登場します。
実際、読み比べてみると、とても似ている場所であることがわかります。

とても居心地のよい部屋で、心躍る物語を聞くことほど素敵なことはない……と思ってしまえますね!

エリオルのように、フロドのように、冬の長い夜をそんなふうに過ごせたらどんなに幸せでしょうか!!

声はなくとも暖かい部屋でお話しを読むことは今のわたしにもできること。
ほかほかの飲み物を用意したら夜の読書は至福でございます……。





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category: 読書感想

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トールキン夫妻の墓碑 ベレンとルーシエン



さて、年末も押し迫ってまいりましたクリスマスアドベントでございます。
こちらの→トールキンアドベントカレンダーに参加しております。

今年は、ベレンとルーシエンの一年(半年)でしたね。
おそらくはクリストファ氏最後の編纂になるだろう『ベレンとルーシエン』、アラン・リー氏による美しいカレンダー。もっともカレンダーは2017年なので、これから一年楽しめますね!!

来年はトールキン自身の映画化からアマゾンのドラマシリーズと盛りだくさんです。

そして、今回のブログは、トールキンファンならみなさまご存じのエピソードから。
トールキン夫妻の墓碑には「ベレン」、「ルーシエン」の刻字がなされています。
この墓碑に関する教授の手紙をご紹介しましょう。

妻エディスの墓碑に「ルーシエン」と刻んでほしいという依頼は、1972年7月11日のクリストファ氏あての手紙に書かれています。下記、書簡集からの引用です。

I have at last got busy about Mummy’s grave. . . . . The inscription I should like is: EDITH MARY TOLKIEN 1889–1971 Lúthien : brief and jejune, except for Lúthien, which says for me more than a multitude of words: for she was (and knew she was)
(私訳)
ようやくママのお墓に専心することができたよ……。碑文には、
EDITH MARY TOLKIEN 1889–1971 1 Lúthien
と、Lúthien,以外は簡潔で意趣もなくしてほしい。Lúthienは、どれほどの言葉を尽くそうともこれ以上に彼女を語る言葉は、私にとってない。(彼女もそれを知っていた)

Say what you feel, without reservation, about this addition.

この付記について、お前が思うことを遠慮なくいってほしい。


とあります。また、


I never called Edith Lúthien – but she was the source of the story that in time became the chief part of the Silmarillion. It was first conceived in a small woodland glade filled with hemlocks at Roos in Yorkshire (where I was for a brief time in command of an outpost of the Humber Garrison in 1917, and she was able to live with me for a while).

In those days her hair was raven, her skin clear, her eyes brighter than you have seen them, and she could sing – and dance.

(私訳)

私はエディスをルーシエンと呼んだことはなかった――しかし、当時、彼女はシルマリルリオンの主要部分となるあの物語の源泉であったのだ。
ヨークシャーのルース(1917年の短期間滞在した、ハンバーガリソンの駐屯地のある場所。エディスと私はしばし一緒に住むことができた)で、ヘムロックが群生する小さな森の谷間で最初にその物語を思いついた。

この頃、彼女の髪は烏の濡羽のごとく黒く、肌は透き通るようで、瞳はお前たちが知るよりもずっと輝いていた。そして彼女は歌い――踊ったのだ。


ベレンとルーシエンが出会うドリアスの森には、初期版からヘムロックの花が咲き乱れていました。若き日の黒髪のエディスはルーシエンのように歌い、踊ったのでしょう……。そんな彼女にトールキンはベレンのようにすっかり心奪われてしまったのでしょうか。

けれどもそこから続く手紙の文面には、苦渋のあとが窺え、トールキン夫妻が後に辿った人生の様子が垣間見れるようです。

But the story has gone crooked, & I am left, and I cannot plead before the inexorable Mandos. I will say no more now.

– someone close in heart to me should know something about things that records do not record: the dreadful sufferings of our childhoods, from which we rescued one another, but could not wholly heal the wounds that later often proved disabling; the sufferings that we endured after our love began – all of which (over and above our personal weaknesses) might help to make pardonable, or understandable, the lapses and darknesses which at times marred our lives – and to explain how these never touched our depths nor dimmed our memories of our youthful love

(私訳)
だけど、その物語は歪んでしまい、私は一人残されてしまった。そして私は容赦ないマンドスの前で懇願することもできない。
これ以上は何も言わないでおこう。

――私の心に近しい人ならこの件についていくばくは知っているだろう。記録は記録どおりではないのだ。私たちは、子供の頃に受けた恐ろしい苦しみから、お互いを救い上げてきた。しかし、すべての傷を癒すことはできず、後になって、手も足もでなくなることがしばしばあった。私たちの愛が始まった後も続く苦しみに耐えてきたのだ。それらのすべては、私たちの生活をしばしば損なう衰退と闇を(とりわけ個人的な弱さを)、許しあう、あるいは理解しあう一助となったかもしれない――。
あるいは、このようなことがあったとしても、私たちの若き日の愛の深さに触れることなく、その記憶を曇らせはしなかったという証しとなったことを。


とても胸を打つ内容です。
なにか付け加えるのも憚られるようで、私訳も拙く申し訳ない限りです。本来なら文章に長けた翻訳家がなすべき仕事でしょうが、致し方なく……。

トールキンの晩年は、片手間に書いた(と見られがちな)小説が大いに売れ、長年連れ添った妻に、子供、孫にも恵まれ、幸福な晩年を送ったイメージが強く、またそうだったと言えるでしょう。

ただ指輪物語,、シルマリルにも描かれる「闇」はそのままに彼の心中にあったものだということに、今更ながら気づくのです。













category: トールキン

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