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ENDOR雑記

束、洋書関連の個人的メモ書き。

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ラスト オブ ゴンドリン




The Fall of Gondolin


この度発刊となった、おそらく、クリストファ氏最後となろう父君、トールキン教授(以下教授)の書籍。
なんとも感慨深いものです。
キンドル版とハードカバーを入手しました。読むよりも先にアラン・リー氏の美しい挿画に見惚れた方も多いように見受けます。わたしもそうです。

さて挿絵はさておき、わたしはここで本編についてレビューというのもおこがましい、そのようなのものを書こうと思っています。
ネタバレと受け取られる趣もないではないので、繊細な方はここらでそっとウィンドウを閉じてくださいな。

まずざっとした概観を大まかに俯瞰していきましょう。


序文

プロローグ
最初の物語(HoMe二巻収録)
初期のテクスト
(HoMe二巻収録の短い初期テクスト)
テュルリンとゴンドリンの流浪
(HoMe四巻収録の短いテクスト)
神話スケッチの物語
(HoMe四巻収録のテクスト)
クエンタ・ノルドリンワの物語
(HoMe四巻収録のテクスト)
最終稿
(UT収録)
物語の進展
結末
(HoMe四巻収録の上記テキストより抜粋)

名前リスト
付記
グロッサリー

まあ、目次をなんとなく日本語にしただけみたいだがそうです。

最初の物語は二巻収録で、HoMe読書会の初回で取り上げました。
いわゆる「ゴンドリンの陥落」はこれです。
サイト→http://hmiddleearth.web.fc2.com/
ゴンドリンの陥落のトギャなど、量がわりと多いのですが、もしかしたら参考になるかもしれません。
(前回のティヌーヴィエルは工事中です。すみません。)

以降、UT収録の「最終稿」までは、教授原稿にクリストファ氏の解説をはさんだいつものパターン。
収録された原稿が既刊のものとまったく同一であるかは、一字一句照会していないのでわかりません。あと、統一のためにクリストファ氏が変更した部分もあるようですね(よくある)。

「物語の進展」では、教授の書簡集等、様々な角度から、なぜ執筆が挫折したのかを探っています。
シルマリルの物語が頓挫したのは、出版関連の軋轢が主たるものです。
それでも三部作(フーリンの子等、ベレンとルーシエン、ゴンドリン)のうち、初期のゴンドリンだけが、メインたる都陥落部を書き直されなかったことが、クリストファ氏としてどうしても納得がいかないように(一読者として)感じます。
しかしないものはないという……。
ないんですなーーー

結末
ここでは、神話スケッチとクエンタ・ノルドリンワの終末部が掲載されています。シルマリルの物語の結末部にあたるところです。
シルマリルの物語の終わりでありながら、アルダの世界の終末でもある部分です。

細部に違いはあるものの、「最後の大戦でメルコールが永久追放され、シルマリルは全てヴァラールの手元に戻り、二つの樹の光が再現し、世界が新たに作り直される」
という大軸が繰り返されています。

以下、私的な所感となります。

最後の「結末」では、「フーリンの子等」に書かれたクリストファ氏の一文が繰り返されて、締めくくりとなっています。
要約すると

「クエンタ・ノルドリンワ」は、私の父が想像した世界の広がりの境界域である。それは、第一紀の歴史ではない。なぜならホビットも指輪物語も当時なかったのだから。

となります。

ここで明らかなことは、この時点で、教授のアルダの終末観が定まっていたということでしょう。
ホビットや指輪が誕生する前に、教授の創作の臨界点はすでに定まっていたことを、クリストファ氏は読者に伝えたいのだと私は思います。
このクエンタ・ノルドリンワが執筆された1930年代後半には、アルダの歴史は創生から終末までの大枠が形成されていたことになります。以降、細部や意図する要因など様々な変化はあれど、世界観の揺らぎはなかったのではないかと私は思います。

同じ文の繰り返しをおそらく最後の出版となる書籍の末尾に置くことに、氏の思いの強さが伝わってくるようです。

推測するに、クリストファ氏は出版社の要請と父たる教授の「シルマリルを世に出したかった」という想いを受けて、
「シルマリルの物語」を編纂したものの、やはり、それは「父が生きていたならばそうなっていたはず」のものには程遠いということを確信しているのではなかろうかと思うのです。

それゆえに、HoMe12巻とその後の三部作の出版を敢行したのでしょう。外部の要望もあったとは思いますが、ホビットの草稿のように他の研究者が刊行してもかまわなかったことですから。

「父が生きていたならばそうなっていたはず」のシルマリルの物語は、クリストファ氏のみならず、全世界のファンが切望するものですが、これらのあまりにも散逸した草稿と辻褄の合い難さにそれはどのような研究者であっても不可能なことであると思われます。
ゆえに、草稿をある限りまとめて出版するという形が氏にとってベストであったのかもしれません。なにより、この高齢に至るまで、あまたある草稿を解説付きで世に出してくれたクリストファ氏に感謝の意を示さない読者はいないでしょう。

そして私個人としては、アルダの終末、シルマリルを奪還する場面において、ひとつの草稿にはマイズロスが登場し、もう一つにはフェアノールが登場する。この両方があっていいのです。




両方あるのがとてもいいのです。

Tolkien Writing Dayに参加しています。

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category: 読書感想

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