ENDOR雑記

束、洋書関連の個人的メモ書き。

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マシューはいにしえの夢に思いを馳せる  Against a Dwarf その3


マシューさんはDreaming of Dwarvesという論文の作者のファーストネームである。

「さん付け」すると親しみがでてよいと思う。「たん」でも「P」でもいいと思う。


自分が感じる親しみの程度によって勝手につけるわけだが。もっとも表題には「さん」を付けなかった。ごめんなさい。なんとなくつけない方が詩的かなと思っただけで。



まあいいや。


ともかく論文。前半が昔の精神とか、心理とか、ギリシア時代にまで遡って説明してくれている。

夢の概念とか、ソウルとか北京とかラバーソールとかパラソールとかパラゾールとか違うけどそんなん。


遡り過ぎじゃないかと思うが。ともかく


昔のギリシアの人たちなんぞは夢は魂が本当に体験したことだと考えていた。

アウグスティヌスの“On Genesis”(創世記注解でいいのかな?)によると、

夢は魂の奥深くにある記憶を活性化させるもので、眠っている人が夢に見るイメージは、現実と同程度の重要性を持つものである。

としている。

そーですか。


そして、このお呪いが唱えられたのはアングロサクソン時代のイングランド。
キリスト教が広まりつつあるが、それ以前の異教的な要素もまだまだ根強く残っている頃あいらしい。

この頃のアングロサクソンの人は、

魂自身が神と心的なものに通じている、と考えていた。

そして夢は「魂が体を離れて彷徨い見るもの」と考えていたらしい。(吟遊詩人が残したワンダラーとか、べ―オウルフの詩歌から考えるに)

この点で、ギリシア時代の人たちの考え方に通じるものがあるわけだね。

ふむふむ ほむほむ


夢は神の見せるものであり、予言であり、夢は精神の旅であった。
よって眠って夢を見ているひとの魂は肉体から離れ、肉体はからっぽになってしまうので、とても危険な状態なのである。

そして、吟遊詩人(scope)達は魂の旅路を描いたが、後に残された肉体をどう守るか教えてくれる事はめったになかった。


のだそうだ。


もっとも、キリスト教以前、バイキングなんぞは夢はよっぱらい戦士のたてる騒音だと考えていたとゆー。

面白いね。しかしバイキングについては詳しいとこまで書いてくれてなかった。残念だ。



残念だが続く








category: トールキン関連

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