ENDOR雑記

束、洋書関連の個人的メモ書き。

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The Thousand Autumns of Jacob de Zoet by David Mitchell

ジャンル:ヒストリカル・フィクション
(歴史を題材としたフィクション)
対象:成年向け。

アマゾン
http://amzn.to/7G6ZJu

2010年ブッカ―賞の候補作となった作品。舞台が日本と言うこともあり、ウェブで検索を掛ければ日本の方によるレビューをいくつか読む事ができる。

さわりを少々。

1799年。オランダ東インド会社の長崎支部で貿易品の横領が発覚する。家族、恋人と袂を分かち、はるばる日本へとやってきた若輩かつ下っ端のヤコブ(主人公)は粉飾帳簿の監査を命ぜられる。せせこましい出島で繰り広げられる、これまたせせこましくせちがらい人間関係に悩まされながら、物珍しい日本の風俗、文化に目を奪われつつ日々を過ごすヤコブ。彼は偏屈医師マリヌスの門下生オリトに恋をする。純情な恋もままならぬうち、ヤコブは長崎を立つ上司の後釜に収まりかけるが、上司達の腹黒い策略に加担出来ず、結局は同僚にその座を奪われる。おまけにオリトは実家の事情によって巫女となり、出島には姿を見せなくなってしまった。しかもオリトが巫女となるべく赴いた不知火山の神社の実態は、なんと身の毛のよだつようなおぞましい秘儀を行う秘教集団だったのだ!

といった感じで、これはもしやヤコブがオリトを救出する冒険活劇?! と思わせながら、その後は斜め120度ぐらいに話がすっ飛んでいく。予想をキッパリと裏切る展開には、前に読んだクラウドアトラスでも何度も感心させられたものだった。読者の読みをこれほど気持ち良く覆してくれる作家はなかなかいないだろう。もっとも作品の構築としてはアトラスの方が遥かに高度で頑強な骨格があった。様々な文体を駆使する演出にも瞠目させられた。この作品にはそこまでの演出は見られない。コンセプトの立脚点がそもそも異なるところにあるのだろうが、アトラスのドライブ感を期待していた私は肩すかしをくらった気分だった。

とはいえ、読み終わった今の時点で振り返ってみれば、結構いいんじゃないかと気に入っている。面白い。そして興味深い。だが、この興味深さが生じる所以は、外国人であるミッチェルが日本の、それも鎖国期の長崎を書き、それを日本人である私が読むという事情にある。もちろんそれ抜きで面白いと思うところもある。

とりあえず、興味深いと感じた部分を先に書こう。
要するに外国人が日本を作品の対象とする際に頻繁に生じる「なんじゃこりゃ」的なところ。つまり欠点なんだが、今回は色々と考えさせらるところがあった。そういう点で興味深かったのだ。

ウィキによるとミッチェルは日本に八年滞在した経験があり、この作品を書くにあたっても下調べに四年を費やしたそうだ。それでもこれはどうかと思う叙述が結構ある。オランダ人であるヤコブを視点とした場面はほとんど問題ない。だが日本人女性のオリトや、通訳吏のオガワを通じて物語が語られるとなるとかなりの違和感がある。
もっとも自分の中で確立されている江戸時代の日本人の意識の有りようなどというのも、時代劇や大河ドラマを通じて培われた画一的なもので、日本文化を綿密に調べ上げたミッチェルの方が当時の日本人の意識をよく捉えている可能性も否定できない。だが読書中頻発に噴出する「これはないだろうよ」感。

例えば、オリトの言動はまるで西洋教育を十分に受けた明治時代の女性のようだし、一旦家のためにオリトへの想いを封じ込めた通訳吏オガワが、オリト救出に際し主君への忠義を捨て、彼女への愛を選ぶ心情を吐露するくだりも、とてもじゃないが納得できない。
日本人以外の読者ならば、こうした描写をそのまま鵜呑みにしてしまうだろう。私が海外の作品を読む際、一つの作品の中でヨーロッパ人と中東人の視点が混在していても、ほとんどの場合何の疑いも持たずにそのまま受け入れる。ヨーロッパ人にしろ中東人にしろその心情がわかるほどに付き合ったことはないからだ。そこから考えてみると、対象読者が日本人以外であり、日本人との親交もなく日本文化にも通じていない限りにおいては、上記に挙げた箇所は作品にとって障害とはならないのだろう。そもそも他国人の心情を書きつくすなど土台無理な話なのだ、と承知しておいた方が良いのかもしれない。とはいえ、筆者の思惑外のところで細部の描写にやたらひっかかり、気持ちが物語から逸らされる読者がわずかでも存在することは、それが例えマーケット対象外の読者だとしても、書き手にとってはちょっと悔しいことではないだろうか。

そして細部だけではない。作品の全体的な構成を見ても、不知火山の秘教集団を描く二部が大変に劇画チック(大体ミッチェルはこの元ネタをどっから拾って来たのだろう?)で、ヨーロッパ人視点で描かれる、むしろ淡々とした紀行文的な味わいの他の部分と上手くかみ合っていないように感じる。

だがそうした欠点を相殺するのが主人公ヤコブだ。信仰深く、数字に細かく、実直で知恵も廻るが小心者。女性に対して不器用なところがなかなか可愛い。

ヤコブは結果的にイギリスの砲撃から長崎の出島を守った立役者となる。オリトを救い秘教集団を解体に追いやったのも、結果からして見れば彼の手柄だと言える。しかし、ヤコブはほとんど何もしていない。フェートン号の事件をモデルにしたイギリス船ポイポス号の砲撃に対してヤコブは何をしたのか? 砲丸が届く最前線に立ち、命を危険を晒してはいたものの、実際にはそっから望遠鏡で敵を監視していただけである。しかもその見張り台でマリヌスと一緒にリンゴなどかじっていたりする。オリトの救出にしたって、機を見て情報を権力機関に渡したに過ぎず、実質的な救出活動とはまったく無縁だったりする。

こうして(傍から見れば)濡れ手に粟で成功を収め、長崎の商館長と成り上がったヤコブだが、掌中に収めたそれはグローバルな視点から見れば実にしみったれたものである。この中途半端なうだつの上がり方。能力に応じたそこそこの成功。それを諾々と受け入れるヤコブに、私はある種の哀れみと共感を覚えずにはいられなかった。

物語の最後は、彼の人生のエンディングと重ねられて静かに収束する。息を引き取る間際のヤコブの目に映る最後の一コマがなんとも絶妙。すっと背筋の寒くなるような美しさがある。


評点

読んでしまったクマ~度 ☆☆☆☆
もうこの世界に入ってしまいたい。もう現世には戻りたくない度 ☆☆
出家托鉢度 ☆
梵書度 ☆
バスタブ水没度 ☆☆☆
積んどく度 ☆☆☆


前作ほどではないが、読むのは結構しんどいミッチェル。



category: 読書感想

thread: 読書感想文

janre: 小説・文学

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