ENDOR雑記

束、洋書関連の個人的メモ書き。

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2 「Mad Elves and Elusive Beauty」

*Fimi先生の論文「Mad Elves and Elusive Beauty」

長いので概略を書きます。

19世紀の終わりから20世紀の初頭にかけて、アングロ・サクソニズムが国家的な動きとして台頭したが、この傾向が大英帝国がゆっくりと衰退に向った動きに伴っていることも、けして偶然ではないだろう。
一方、アイルランドの復活主義者は、アイリッシュの国民性と文化のアイディンティティを、妖精と妖精民話に結びつけ成功した。しかし、そこにはアイルランドの妖精とイングランドの妖精とを対比させる動きもあった。
Bownが誇張して言うように、「イングランドとアイルランドでは、果たしてどちらにより良い妖精がいるのだろうか?」といった論議にまで至った。

トールキンはこうした論議に対し、「本当の妖精の伝統はイングランドにある」としていた。また自身の創作した神話は、まったくケルトの妖精物語に対峙するものだとしている。だが、後年になると、トールキンは「イングランドの妖精は、ケルトやその他の寓話から大きな影響を受けている」とも書いている。

トールキンは、1930年代に「The Lay of Aotrou and Itroun」という詩を書いている。ケルトの国家であるブリタニーの民話にインスパイアされたものである。また「The Fall of Arthur」 、「The King of the Green Dozen」という二つの未完の詩も書いている。どちらも明らかにケルトの影響が見られるものである。

そしてトールキンが初期に書いた「The Book of Lost Tales」は、「Lebor Gabála Érenn(アイルランド来寇の書)」の枠組みを借りて書かれたものであり、その中で描かれる歴史は、イングランドの民族の侵略をともなった歴史と呼応している。

トールキンはそうした自らの神話の中に、大きくアイルランド神話の要素を取り入れている。そしてトールキン自身のケルトに対する見方も次第に変化が見られるようになる。つまり、ケルトをアングロサクソンの敵としてみるのではなく、共に海からブリテン島に入植した侵略者であり、共に同じ土地に住む民族として捉えるようになったのだ。

それはトールキン自身の次のような言葉からも分るだろう。

For many of us it [i.e. Welsh] rings a bell, or rather it stirs deep harp-strings in our linguistic nature. In other words: for satisfaction and therefore for delight ... we are still 'British' at heart. It is the native language to which in unexplored desire we would still go home (Tolkien
1983a, 194).

長い間、私たちはウェールズ語を、私たちの音韻的な本質の中に、鐘を鳴らす、あるいは深いハープの音をかき鳴らすもののように捉えていた。つまり、満足があり喜びを伴うもなのだ。…私たちはまだ心のうちで「British」なのである。それは私たちの探究心が求める母国語なのだ(適当に意訳しました、ごめんなさい)。

category: トールキンオンライン講座 第五週

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