ENDOR雑記

束、洋書関連の個人的メモ書き。

06/1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31./08

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

[edit]

trackback: -- | comment: --
page top

3 人種の混合、オークと人種問題



関連資料

Anderson Rearickの論文 「Why Is The Only Good Orc a Dead Orc?」
要約します。

現在でもトールキンの作品に人種差別が見られるか否かについての議論がある。しかし学会は長い間その件について無視していた。だが、「指輪物語」がピーター・ジャクソンによって映画化され、ポップカルチャーにまでなり、今までにない範囲の観衆の興味を引くこととなった。その結果、John YattやStephen Shapiroといった「トールキンは人種差別者だ」と主張する批評家が出てきた。
Yattは、敵側は常に黒い衣装をまとう事やウルクハイがドレッドヘアであるということを根拠にし、Shapiroは、白と黒といった色コードは人種差別を表わしていると主張した。しかしこうした色の表現はトールキンの原作に由来するのではなく、映画を製作したピータージャクソンによるものである。またShapiroは、ギムリがスコットランド訛りの英語を使うことを指摘し、トールキンはスコットランドに偏見を抱いているとするが、これはギムリを演じたジョン・リス・デイビスの演出である。しかしYattは原作に立ち戻った上でもやはり、指輪物語には色に関しての差別意識が見られるとし、Shapiroは同じ理由で指輪物語を人種差別的なものと見なしてる。

トールキンは南アフリカに生まれ、幼年時代一家は現地の人を使用人として雇っていた。トールキンの家族写真にはそうした使用人が一緒に写っているものがあり、偏見や迫害といった意識は薄かったと思われる。また、トールキンはユダヤ人迫害に対しても反対の立場を取り続けた。トールキンの白を高貴として黒をその反対におく傾向はむしろローマ・カトリックの宗教的な、つまり光に対する影といった概念から派生したものとするのが妥当だろう。

オークという種族はこの意味合いから考えて悪魔の下僕的な存在と考えた方が良い。つまり「Why Is The Only Good Orc a Dead Orc?(何故死んだオークだけが良いオークなのか?)」という問いは、「なぜ良い悪魔は清められた悪魔だけなのか?」という問いに置き換えることができる。その答えは「悪魔を良いものにすることにできるのは神だけ」である。トールキンは、「オークはメルコールによって創られたのではない。だから本質的な悪ではない。彼等は(少なくともエルフや人)によって救われることはないだろう。だが彼等は法の内にあるのだ」とし、エルの心のうちにはオークを救済する意志が存在する可能性があることを示唆している。

トールキンの人種問題はこうしたキリスト教義以上に重要視されるべきではないだろう。


しかしFimi先生は、書簡集などの言葉からやはりトールキンも人種による偏見を持っていたとしています。しかしそれは当時のヨーロッパに共通するもので、個人的感情から来るものではなく、トールキンが生きた時代の反映とされているようです。

category: トールキンオンライン講座 第八週

[edit]

page top

« 9週 トールキンと当時の考古学  |  2 中つ国の人種 エルフと人 »

コメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://mithrim.blog100.fc2.com/tb.php/83-e8eecc3d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
page top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。